1 口の後遺障害の分類

口は、「食べる」「味わう」、「話す」、「表情を作る」など様々な役割・機能を持っています。
食べることにおいては、食物を噛み砕き(咀嚼)、飲み込む(嚥下)という機能をもっています。
また、味わうという味覚器としての重要な役割があります。
さらに、話すことにおいては、構音機能(話し言葉の音声を産生する機能)と呼ばれる人に特有の機能により、発声器として重要な役割があります(上あご、下あご、舌、唇を動かすことにより、さまざまな音が作り出され音声となりますが、構音機能には、他にも歯並び、口の中の形や大きさなど口の状態が大きく関わります)。

交通事故により口を損傷し、後遺障害が生じることがあります。
その後遺障害の種類は、口の様々な役割・機能に応じて、次のとおり分類されます。

後遺障害の種類 内容
咀嚼機能障害 食物を全く、あるいは十分に噛み砕くことができなくなる障害
言語機能の障害 「語音」の発音ができなくなり話すことに支障が生じる障害
歯牙障害 歯を失ったり、著しく欠損した歯に「歯科補綴(ほてつ)」を加えた場合の障害
歯科補綴:詰め物、クラウン(被せ物)、ブリッジ、入れ歯、インプラント
嚥下障害 飲み込みが困難になる障害
味覚障害 舌で味を感じられなくなる障害

2 口の後遺障害の認定基準

口の後遺障害については、後遺障害別等級表においては、咀嚼・言語機能障害について6段階、歯牙障害については5段階に区分して等級が定められています。
咀嚼・言語機能障害の一部、嚥下障害、味覚障害など等級表に掲げられていない口の障害については、その障害の程度に応じて、等級表に掲げられている他の障害に準じて等級を認定することとされています(「〇級相当」という認定)。
そこで、次に、口の後遺障害の種類別に、等級と認定基準(障害の程度)についてご説明いたします。

(1)咀嚼・言語機能障害

等級 認定基準(障害の程度)
1級2号 咀嚼および言語の機能を廃したもの
3級2号 咀嚼または言語の機能を廃したもの
4級2号 咀嚼および言語の機能に著しい障害を残すもの
6級2号 咀嚼または言語の機能に著しい障害を残すもの
9級6号 咀嚼および言語の機能に障害を残すもの
10級3号 咀嚼または言語の機能に障害を残すもの
12級相当 開口障害等の原因により咀嚼に相当時間がかかるもの
12級相当 声帯麻痺による著しいかすれ声

※「および」「または」の言葉のとおり、咀嚼機能障害と言語機能障害とを併せて等級が定められています。
※等級表にない組み合わせの咀嚼機能障害と言語機能障害とが併存する場合には、それぞれの等級が一定のルールに従って併合され、例えば、言語機能には「著しい障害」(第6級2号)が残ったが、咀嚼機能には単なる「障害」(第10級3号)が残ったという場合には、重い方の6級が1つ繰り上がり、2つの障害を併せて併合第5級という扱いになります。

(2)歯牙障害

等級 認定基準(障害の程度)
10級4号 14歯以上に対し歯科補綴を加えたもの
11級4号 10歯以上に対し歯科補綴を加えたもの
12級3号 7歯以上に対し歯科補綴を加えたもの
13級5号 5歯以上に対し歯科補綴を加えたもの
14級2号 3歯以上に対し歯科補綴を加えたもの

※咀嚼・言語機能障害と歯牙障害の両方がある場合で、咀嚼・言語機能障害が歯牙障害以外の原因に基づく場合は、併合して等級が認定されます。
※歯科補綴を行った後に、なお歯牙障害にもとづく咀嚼または言語機能障害が残った場合は、高い方の等級のみが認定されます。

(3)嚥下障害

等級 認定基準(障害の程度)
3級相当 嚥下の機能を廃したもの
6級相当 嚥下の機能に著しい障害を残すもの
10級相当 嚥下の機能に障害を残すもの

※咀嚼機能と嚥下機能の両方に障害が残っている場合には、高い方の等級のみが認定されます。

(4)味覚障害

等級 認定基準(障害の程度)
12級相当 味覚を脱失したもの
14級相当 味覚を減退したもの

(5)特殊例

等級 認定基準(障害の程度)
6級2号 半永久的に抜去が困難な気管力ニューレの抜去困難症である場合
10級3号 気管力ニューレの抜去困難症である場合

※気道確保の目的で気管切開として気管力ニューレを挿管した場合において、稀に、除去できなくなることがあり、そのことについて後遺障害の等級が定められています。

(6)醜状障害

等級 認定基準(障害の程度)
7級12号 外貌に著しい醜状を残すもの
9級14号 外貌に相当な醜状を残すもの
12級14号 外貌に醜状を残すもの

3 口の後遺障害の等級認定のポイント

(1)咀嚼機能障害の各認定基準の具体的内容と検査方法

咀嚼機能障害は、上下咬合(噛み合わせ)および排列状態ならびに下顎の開閉運動等により、総合的に判断されます。
各認定基準の具体的内容は、以下のとおりです。

咀嚼機能を廃したもの 流動食以外は摂取できない場合をいいます。
咀嚼機能に著しい障害を残すもの 粥食またはこれに準ずる程度の食べ物しか摂取できない場合をいいます。
咀嚼機能に障害を残すもの 固形食物の中に咀嚼ができないものがあること、または、咀嚼が十分にできないものがあり、そのことが医学的に確認できる場合をいいます。
〇「固形食物の中に咀嚼ができないものがあること、または、咀嚼が十分にできないものがあり」の例としては、ごはん、煮魚、ハム等は咀嚼できるが、たくあん、らっきょう、ピーナッツ等の一定の固さの食物中に咀嚼ができないものがあること、または、咀嚼が十分にできないものがあるなどの場合をいいます。
〇「医学的に確認できる」とは、不正咬合(不正な嚙み合わせ)、顎関節の障害、開口障害、補綴のできない歯牙損傷など、咀嚼ができないものがあること、または、咀嚼が十分にできないものがあることの原因が、医学的に確認できる場合をいいます。
開口障害等の原因により咀嚼に相当時間がかかるもの 「開口障害」は、あごの骨の骨折や顔面神経麻痺などにより、口を正常の2分の1以下しか開けられない状態を指します。男性で55mm、女性で45mmの開口が日本人の平均値で、おおよそ自分の指3本分の幅です。2分の1以下しか口が開かなくなると、揃えた指2本を口に入れることができなくなります。
また、「開口障害等」には、不正咬合(不正な嚙み合わせ)、咀嚼に使う筋肉の脆弱化などを含みます。
「咀嚼に相当時間を要する」とは、日常の食事で食物の咀嚼はできるものの、食物によっては咀嚼に相当の時間がかかるものを指します。
等級表を見ても記載はありませんが、その障害の程度から、後遺障害等級第12級として扱う(「準用」する)ものとされています。

 
咀嚼機能障害の検査方法としては、大きく分けて次の2つがあります。
〇ふるい分け法:ピーナッツ・生米・煎餅といった試料を患者に嚙んでもらい、嚙み砕いた試料をふるいにかけて、粉砕度を測定する検査方法
〇食べ物に含まれる内容液の溶出量を調べる方法:検査用のガムなどの試料を患者に嚙んでもらい、溶出されるグルコースや色素などの分量を調べる検査方法

また、咀嚼機能障害について、後遺障害の申請をする際には、被害者ご本人またはご家族が、「そしゃく状況報告表」という書類を作成します。
これは、サンプルとして挙げられた様々な食物(ごはん、煮魚、たくあん、らっきょう、ピーナッツなど)について、咀嚼できるかどうかの自覚症状を、〇△×で回答するものです。

(2)言語機能障害の各認定基準の具体的内容と検査方法

人の声は、口腔の形の変化によって語音になり、この語音が一定の順序で連結されることでひとまとまりの言葉となります。
そのため、口を損傷したことにより、形成できなくなった語音があると、話すことに支障が生じます。
語音は、以下の4種に分類されます。
〇口唇音:ま行、ぱ行、ば行、わ行、ふ
〇歯舌音:な行、た行、だ行、ら行、さ行、しゅ、し、ざ行、じゅ
〇口蓋音:か行、が行、や行、ひ、にゅ、ぎゅ、ん
〇咽頭音:は行

その上で、各認定基準の具体的内容は、以下のとおりです。

言語の機能を廃したもの 4種の語音のうち、3種以上の語音を発音できない場合をいいます。
言語の機能に著しい障害を残すもの 2種以上の語音を発音できないもの、または、語音を一定の順序に連結する「綴音(てつおん)機能」に障害があるため言語のみを用いた意思疎通ができない場合をいいます。
言語の機能に障害を残すもの 1種の語音が発音できない場合をいいます。
声帯麻痺による著しいかすれ声 咽頭部や・椎の負傷により声帯を支配する「反回神経」が麻痺した場合などで、かすれ声の障害が残る場合をいいます。
その障害の程度から、後遺障害等級12級として扱うとされています。

(3)歯牙障害の各認定基準の具体的内容

認定基準にある「歯科補綴を加えたもの」とは、実際に喪失や著しく欠損した歯牙(歯冠部の4分の3以上の欠損)に対する補綴をいいます。
また、歯科技工上、残存歯冠部の一部を切除したために歯冠部の大部分を欠損したものと同等な状態になったものに対して補綴したものも含まれます。
歯牙障害では、後遺障害等級の認定において、以下のような、いくつか注意が必要な(間違えやすい)点があります。

〇欠損していない歯は対象とならないこと
認定基準にある「歯科補綴を加えたもの」とは、歯冠部の4分の3以上を欠損した歯に対するものに限られるため、歯の穴を埋める治療を施した歯や、歯のひびや神経についての治療を施した歯は、対象となりません。

〇治療で失った歯も対象になること
例えば、ブリッジをする場合、喪失した歯の左右の歯を削ってから人工歯を被せますが、その左右2本の歯をそれぞれ4分の3以上削っていれば、対象となります。

〇既存障害歯について加重障害という考え方があること
交通事故前から既に歯を喪失していたり、虫歯によって欠損している場合で、交通事故によってさらに歯牙補綴を行った場合には、加重障害として取り扱われます。
例えば、交通事故の前に4歯の歯牙補綴を行っていた人が、交通事故で6歯の歯牙補綴を加えたという場合、加重障害として取り扱われ、4歯+6歯の合計10歯の歯牙補綴となって現存障害11級4号、(交通事故の前の歯牙補綴の)既存障害14級2号と認定されて、11級の賠償金額から14級の賠償金額が差し引かれるという扱いがされます。

〇評価対象とならない歯があること
歯牙障害は永久歯を対象にしており、親知らずや乳歯については歯牙障害としての後遺障害認定の対象とはなりません(ただし、乳歯の場合、永久歯が生えないことが証明できた場合には対象となります)。

(4)嚥下障害の各認定基準の具体的内容と検査方法

嚥下障害は、舌や喉(のど)の筋肉や神経が損傷したり、食道が狭窄した場合などに生じます。
嚥下障害の検査方法としては以下にあげるものがあり、検査には耳鼻咽喉科の受診が必要となります。
〇咽頭知覚検査:鼻から挿入したカテーテルの管から生理食塩水を注入し、自然嚥下までの時間を調べる検査方法
〇咽頭ファイバースコープ検査:内視鏡を用いて下咽頭や喉頭の機能を調べる検査方法
〇嚥下造影検査:造影剤を含んだ食品を飲み込み、嚥下の様子を調べる検査方法

(5)味覚障害の各認定基準の具体的内容と検査方法

味覚障害は、主に舌自体の損傷を原因として生じます。
味覚障害は、甘味・塩味・酸味・苦味の基本となる4味質で判定し、いくつの味を認知できるかによって等級が分けられます。
各認定基準の具体的内容は、以下のとおりです。

味覚を脱失したもの 基本4味質すべてが認知できない場合をいいます。
味覚を減退したもの 基本4味質のうち1味以上を認知できないものをいいます。

 
味覚障害の検査では、「濾紙ディスク法」の最高濃度液検査を行います。
濾紙ディスク法は、甘味・塩味・酸味・苦味の味がついた濾紙を舌の上におき、味を感じるのかを調べる検査方法です。
薄い味から濃い味まで5段階で検査しますが、最高濃度にしても味を感じない場合に、その種類の味を認知できないと捉えます。
味覚障害は、時間が経つことで回復する場合が多いため、療養を終了してから6か月を経過したのちに等級を認定することになります。

(6)醜状障害の各認定基準の具体的内容

口の周辺の傷跡や、顎関節の変形、顔面神経麻痺による口のゆがみが生じた場合には、外貌醜状として後遺障害認定の対象となります。
口のゆがみは、「外貌に醜状を残すもの」として取り扱われます。
口の周辺の傷跡で、各認定基準の具体的内容は、以下のとおりです。

外貌に著しい醜状を残すもの 顔面部にあっては、鶏卵大面以上の瘢痕または10円銅貨大以上の組織陥没
外貌に相当程度の醜状を残すもの 原則として、顔面部の長さ5cm以上の線状痕で、人目に付く程度以上のものをいう。
外貌に醜状を残すもの 顔面部にあっては、10円銅貨大以上の瘢痕または長さ3cm以上の線状痕

4 口の後遺障害と逸失利益

通常は、後遺障害に該当した場合、後遺障害による労働能力への影響・制限によって、将来得られたであろう利益が得られなかったものとして、その等級に応じて後遺障害逸失利益の賠償が認められます。

言語機能障害については、比較的多くの職業で、労働能力への影響・制限があると考えられますが、咀嚼機能障害・歯牙障害・嚥下障害・味覚障害・(下位の等級の)醜状障害の場合、労働能力への影響・制限があるかどうかが不確かであり、逸失利益が大きく争われます。

そして、歯牙障害においては発声が重視される職業や歯を食いしばる必要がある職業、咀嚼機能障害・嚥下障害・味覚障害においては料理人や飲食業、(下位の等級の)醜状障害においては接客業など、労働能力に明らかに影響すると考えられる職業ではない限り、逸失利益が認められにくい傾向にあります。

もっとも、逸失利益が認められないとしても、裁判例では、そのことを踏まえて後遺障害慰謝料を増額する傾向にありますので、この点をあわせて適切に主張していく必要があります。
また、その職業において、後遺障害となった機能がとくに重要である場合は、等級よりも高額な逸失利益が認められることもあります(言語機能障害とアナウンサー、味覚障害と料理人など)。

なお、歯牙障害で、インプラント治療を行う場合、一旦は治療が終了したとしても、定期的なメンテナンスの必要があったり、インプラントの耐用年数の関係からで再埋入・交換といった諸費用が将来かかってくることが予想されます。
このような将来の治療費については、何年ごとにいくらの費用がかかるのかといったことが不確定であることから、金額の算出をすることが一概にはできませんが、主治医により意見書を書いてもらうといった協力を得ることで、一定の将来治療費の賠償が認められるといった裁判例も存在します。

5 弁護士にご相談ください

交通事故で口を損傷した場合、その治療は、口腔外科、歯科、形成外科、整形外科など、複数の診療科に渡って行われることが多い傾向にあります。
そして、後遺障害の認定を考える場面では、後遺障害申請に必要な検査をそれぞれの診療科で受けなければなりません。
そのためには、残っている症状を客観的に把握したうえで、どの障害について後遺障害が認定される可能性があるのか、何級が認定される可能性があるのか、どのような検査を受ける必要があるのかを、的確に判断して進めていく必要があります。
必要な検査を受けないことで、適正な後遺障害等級が認定されず、その結果、後遺障害の内容に見合った適正な賠償がなされなくなってしまうことだけは避けなければなりません。

また、損害賠償請求の場面では、とくに逸失利益が大きく争われことが多いため、後遺障害による労働能力への影響・制限について、丁寧な主張立証を展開するとともに、仮に認められなかった場合の後遺障害慰謝料の増額についても的確に主張していく必要があります。

このように、口の後遺障害では、適正な補償を受けるためには、後遺障害認定申請の場面でも、損害賠償請求の場面でも、専門的な知見を必要としますので、交通事故に詳しい弁護士に相談することをお勧めいたします。

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