民法は、現在、大改正に向けて国会で審議が継続中ですが、その中でも、交通事故の損害賠償において見逃せない改正ポイントがあります。
それが、法定利率の変更と、中間利息の控除です。
今まで民法の法定利率は年5%でしたが、今回の改正で、法定利率が当初の3年間は3%に引き下げられ、それ以降は銀行の貸付利率などを踏まえて変動させていく予定となりました。
これによって、賠償額が大きく増額される見込みが出てきました。
では、法定利率が引き下げられると、なぜ交通事故の損害賠償額が増額されることになるのでしょうか。
詳しく説明しましょう。
交通事故では、被害者が死亡してしまったり、後遺障害を負って今までのように働けなくなってしまったりした場合、事故がなければその方が将来働くなどして得られたはずの収入(逸失利益)の賠償を請求できます。
なぜ損害賠償額が増額されるかというと、この逸失利益が増額されるためです。
将来の介護にかかる費用である将来介護費なども同様です。
給与などの収入は本来、将来にわたって月払いで受け取っていくはずのものです。
しかし、損害賠償の場合、原則として、それを一括で受け取ることになります。
そうすると、理屈上は、本来受け取ることができる時点までに資産運用をして増やすことが可能であり、その金利分は、本来であれば得られなかった利益なので、その分を減額すべきと考えられています。
これが、中間利息控除です。
例えば、被害者(47歳)が将来的に得られたはずの収入の総額が1億円であるとした場合、いま1億円を受け取ると、銀行に預けるだけでも金利がつき、10年後、20年後には1億円より大きな金額となります。
そこで、47歳から67歳(平均的な日本人が働く能力を持っている年齢として、実務では67歳までの逸失利益を認めるのが一般的です)までの年数を考慮して、金利を含めて67歳の時点で1億円となるように、逸失利益を計算することになるのです。
中間利息の控除については、これまで民法に明文規定がなく、実務上の取り扱いとして、現在の法定利率5%で控除するものとされてきました。
それが、今回の改正で、「第417条の2 将来において取得すべき利益についての損害賠償の額を定める場合において、その利益を取得すべき時までの利息相当額を控除するときは、その損害賠償の請求権が生じた時点における法定利率により、これをする。
2 将来において負担すべき費用についての損害賠償の額を定める場合において、その費用を負担すべき時までの利息相当額を控除するときも、前項と同様とする。」
との明文規定が置かれる予定です。
すなわち、法定利率が5%から3%に引き下げられるのに伴って、それ以降は金利3%で中間利息を控除することが、民法の規定で明らかになるのです。
ところで、逸失利益の計算において、実務では、ライプニッツ係数という中間利息控除を考慮した調整のための係数が使用されています。
この金利・年数ごとのライプニッツ係数を掛けることで、中間利息を控除した額を求めることができます(計算式は下記)。
【現在のライプニッツ係数・金利5%】
5年 4.3295
10年 7.7217
15年 10.3797
20年 12.4622
25年 14.0939
30年 15.3725
35年 16.3742
40年 17.1591
45年 17.7741
50年 18.2559
【改正後のライプニッツ係数・金利3%】
5年 4.5797
10年 8.5302
15年 11.9379
20年 14.8775
25年 17.4131
30年 19.6004
35年 21.4872
40年 23.1148
45年 24.5187
50年 25.7298
逸失利益の賠償額は、次の式で計算されることになります。
逸失利益 = 年収 × 労働能力喪失率 × 金利・年数ごとのライプニッツ係数
ライプニッツ係数は、複利といって、得られた運用益もまた運用に回すと仮定しての係数です。
そのため、働けない期間が長くなると、減額幅が大きくなっていきます。
また、中間利息控除の利率が高いほど、減額幅が大きくなっていきます。
利率が5%から3%に引き下げられることで、年数ごとのライプニッツ係数が高い数値となることは、上記のとおりです。
このライプニッツ係数を掛けて逸失利益の計算をするのですから、利率が5%よりも3%のライプニッツ係数の方が、金額が高くなるのです。
では、法定利率が5%から3%に引き下げられると(=中間利息控除の利率が5%から3%に変わると)、具体的にどれくらい賠償額が増加するでしょうか。
大学を卒業した22歳の会社員(年収300万円)が、交通事故に遭って後遺障害(第3級、労働能力喪失率100%)を負い、67歳までの45年間、働くことができなくなったケースを例にしてみましょう。
まず、年収については、原則として、事故前の現実の年収額を計算の基礎とします。
もっとも、子どもや学生の場合は、事故前の年収というものがありませんので、賃金センサス(毎年厚生労働省のもとに行われる「賃金構造基本統計調査」のことで、性別、年齢、学歴ごとの平均賃金を示したもの)の全年齢の平均賃金額を年収額とします。
また、事故時おおむね30歳未満の場合は、今後年収額が増加していくことになりますし、学生の場合との均衡の点もありますので、事故前の現実の年収額ではなくて、賃金センサスの性別・学歴別の全年齢平均額を用いるのが原則となります。
ただし、労働能力喪失期間が短い場合などは、事故前の現実の収入額や、年齢別の平均賃金額を年収額とすることになります。
これを踏まえると、上記のケースで逸失利益を計算する際の年収額は、賃金センサスの男性・大学(大学院)卒の全年齢平均額(平成26年賃金センサスでは663万7700円)となります。
では、この年収額をもとに逸失利益を計算・比較してみましょう。
【現在】
金利5%・45年のライプニッツ係数:17.7741
663万7700円×17.7741=1億1797万9143円
【改正後】
金利3%・45年のライプニッツ係数:24.5187
663万7700円×24.5187=1億6274万7774円
上記のケースでは、金額にして約4500万円、割合にして40%近くも増額されることになるのです。
被害者の方がより手厚い補償を受けられるように、一日でも早く、改正が実現されることを望んでいます。
(弁護士・山口龍介)